今年2026年は魯迅が世を去っ1936年から90年目にあたる。何度か触れている( 第453号 『魯迅』 の巻 )が、日本人のほとんどが読んでいる『故郷』が書かれて105年になる。国語の教科書に載ったのは1959年が最初と言われているので、そのころは書かれて三十数年しか経っていない、割と新しい小説を採用したとも言える。
 『故郷』という作品について少し考えを深めようと本を探した。藤井省三には『魯迅「故郷」の読書史』という著作があるが近くにな2026.07.24「故郷」の風景かったので、同じ藤井氏の『魯迅「故郷」の風景』が市内の図書館にあったので自転車で出かけて借りてきた。あとで調べたら『読書史』のほうは中国でどのように読まれてきたかを論述したもののようで『「故郷」の風景』を手にしてよかった。
 80年代に氏が発表した論文をまとめたものである。魯迅の逝去50年に当たる。最初の章「故郷の風景」では、『故郷』がロシアの作家チリコフの短編『田舎町』の創造的模倣とし、A帰郷、B回想、C結びの三段に分けて比較検討をしている。この論文が書かれてから40年が経つわけだが、この研究を使って工夫し掘り下げた授業がなされてもいいように思うが、実践例はないのだろうか。チリコフの『田舎町』が手に入りにくいということもあるかもしれない。
 次の章「「希望の論理」の展開」では魯迅が寂寞を感じることの一つの契機となった、雑誌『新生』の流産に触れ、周作人の著作で『新生』の表紙画にイギリスの画家G.F.ワッツの『希望』が予定されていたことを記している。
 「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相似(おな)じい」というペテーフィの言葉は魯迅が好んで引用していたのだが、ワッツの「希望は期待にあらず、寧ろ僅かに残れる一弦より来る楽の音を想はしむ」p.68という言葉に触れて、その後の「希望の論理」の展開を進めていて興味深かった。
 「復讐の文学」の章はともかく、附論として載っている「中国におけるバイロン受容――章炳麟・魯迅・蘇曼殊」は消化しきれなかった。ただ蘇曼殊についてはもっと知りたいと思う。
 最後の「魯迅・周作人における「ネーション」と文学」では周作人がどれだけ魯迅を理解していたのかと細かく検討している。
 内容もすっと飲み込めないが、ぱっと見て読めない字はまだまだあるなあ。あとで何か関連に気づいたときに「あの論文に書いてあったな」と思い出せばいいのだが、自信がない。
懶げに ものうげに
墻   かき
曩に  さきに
曩時  ノウジ
佯る  いつわる

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 第458号 めざめて人はどこへ行くか の巻 
 2026年07月19日
 
第453号 『魯迅』 の巻 
 2026年07月05日
 第401号 中国幻想小説傑作集 の巻 
 2025年12月25日



『魯迅 ――「故郷」の風景――』 藤井省三著 平凡社選書100
1986年10月15日 初版第1刷発行 定価2200円

初出誌一覧
・「故郷」の風景――魯迅「希望」の論理の展開をめぐって
東京大学中哲文学会『中哲文学会報』第七号 一九八二
・魯迅における「詩人」像の崩壊――『野草』中の「復讐・希望」諸章の形成をめぐって
『日本中国学会報』第三四集 一九八二
・ボルシェヴィズムの時代における人類主義――魯迅と武者小路実篤 
平凡社『月刊百科』二七一号  一九八五
・エロシェンコと「白鳥の歌」――魯迅訳『桃色の雲』への加筆をめぐって
東京大学出版会『UP』一五五~六号 一九八五
・中国におけるバイロン受容――章炳麟・魯迅・蘇曼殊の場合
『日本中国学会報』第三二集  一九八〇
・魯迅・周作人における「ネーション」と文学
東方学会『東方学』第六二輯 一九八一