もう何年ぶりだろう。JR飯田橋駅のホームに下りてびっくりした。東口へ下りる階段が異様に遠いのだ。下りた電車の車輌のさらに後方に向かって数百m歩かないと階段にたどり着かない。
 飯田橋駅は電車に乗り降りするときに、ホームとの間に33cm空いていて危ないと言われていた。電車が着くたびに「お気をつけください」という構内アナウンスが流れていたのも記憶にある。それで5年以上前に改良されていたのだ。
 下りてから両側に鉄柵が作られているホームを階段までだらだら歩いていると、現在のホームの先には古くて使われていないホームが薄暗く見える。以前はあそこを下りていたのだなと思いを巡らせる。直すにしてももうちょっと何とかならなかったのかなという気持ちになったが、考えてみれば手前に改札を作っても下りてから移動するのは同じだ(ホームが狭いことを理由に困難とされたらしい)。
 昨日飯田橋で下りたのは日中友好協会主催の全日本中国語スピーチコンテストを聴きに行くためだ。若い友人が出場するので連絡をくれのだ。2026.01.11中国語スピーチ大会画像は開会前の様子。
 今回で第43回だ。全国の友好協会の都道府県の友好協会から推薦され音源審査を経て選ばれた、高校生部門6人、一般部門6人、大学生部門10人がスピーチする(朗読部門は受賞が決まった3名が朗読発表する)。
 初めて見に来たのは2001年(第19回)のことだった。当時は「基礎部門(3ヶ月以上の留学経験がない)」と「一般部門」の二つにしか分けられていなかった。第16回までは区分がなかったようだ。高校生は一般的に長い留学の経験がないので基礎部門に出るわけだが、専門で勉強している大学生との勝負となる。上位には食い込むがなかなか一位を受賞するのは難しかった。大学生の留学が一般的になったのもあるのか、2008年第25回大会からカテゴリーが「大学生部門」と「高校生・一般部門」の二つになった。すると長年勉強を続けていて中国に何度も足を運んだことのある社会人は強く、高校一年で中国語に出会い2年半くらいで発表する高校生と比較するのは難しいという状況になった。
 2016年第33回大会から「大学生部門」・「 高校生部門」・「 一般部門」の三つのカテゴリーとなり現在に至っていると言っていいだろう。
 発表を聞いていると以前とは学習の状況が違うと気づかされる。イギリスのインターナショナルスクールで中国語を選択した高校生、小学生の時に中国ドラマを見るようになり中学生で勉強を始めた人など様々である。
 五分以内のスピーチの後でネーティブの審査員から発表内容について中国語で質問がある。スピーチが終わって緊張が解けない中なかなか答えられない出場者も当然いる。無理もない。しかし、四半世紀前に比べればかなり対応できるようになっている。
 頑張りの過程を知っている出場者はもちろん、面識がない出場者も一生懸命努力している姿は格好いい。コンテストというと評価があり結果が出るとなれば公平性に目が向く。それ故、前述したような大会運営の変更があったわけだろう。とりわけ少数派の高校生が公平に評価されるのには難しさがあったと思う。
 採点によって順位がつけられると喜びもあれば悔しい気持ちある。しかし、参加者にとって一番大切なのは、参加することによって自分がどれだけ学べたか、どれだけ成長できたか、だ。たとえ好成績を収めても自分にとって得たものがなければ意義はない。自分に足りないところが見つかったとすればそれだけでも大いなる収穫だ。出たからこそ見えたものは、当たり前だが出なかったものにはわからない。その時の自分では気づかないかもしれないが一生懸命やったことがプラスにならないはずはない。
 会場を出て大通りを水道橋の方に向かった。冒頭に書いたようにホームをかなり歩かなければならないのなら水道橋駅に行っても大して変わらないと思ったのだ。神田川沿いを歩き小石川橋を渡っただけでもちょっと楽しかった。風は強いが気温は高い日曜であった。

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