中国の小説というと何を思い浮かべるだろうか。日本では中学3年の国語の授業でほぼ全員と言っていいくらい魯迅の『故郷』を読んでいる。この作品を挙げる人が多いかもしれない。手元にある『魯迅――東アジアを生きる文学』の最初に1952年生まれである著者の藤井省三氏が「中学国語教科書で『故郷』に再会した」と書いているから、もう60年くらいはこの、日本の中三は『故郷』を読むという状況は続いているわけだ。
今年、はからずもこの『故郷』を読み返すことがあったのだが、この作品は小説というジャンルなのだろうか、と私は思った。「私」が故郷に帰るところから始まり、子どもの頃の記憶や故郷を離れる感慨を綴り子ども達の未来を思う。随筆とも言えそうだ。小説というものを説明するのは簡単ではなさそうだ。
本棚から『中国幻想小説傑作集』を引っ張り出して数日電車にゆられながら読み終わった。唐代の沈既済『枕の中の人生』から始まり、唐から明、
清の時代に沿って、作者不明の『板橋の三娘子』、李復言『杜子春の物語』、瞿佑の『鳳凰の金かんざし』と『牡丹灯籠』、馮夢竜『白蛇の物語』、蒲松齢『聊斎志異』より15篇がとられている。これらは日本の古典では説話とか物語という呼び方をするのではないか。
その後にエロシェンコの『時のお爺さん』が入っているのが興味深い。 第365号 『早世の天才画家』 の巻 の中村彝の章の扉にエロシェンコ像があったのを思い出す。日本の盲学校にいたころに多くの文化人と交流があり、その後中国で魯迅とも交流があった。
そして魯迅の『復讐の剣』、巴金の『もの言う木』が続き、最後は莫言の『秋の水』だ。莫言がノーベル文学賞を受賞するのは2012年。この小説集は1990年の発行なので20年以上前のことになる。
書き出しにもどるが、中国の小説って?と思ったときに手に取ってみてもいいだろう。個々の作者の他の作品に手を伸ばしたり、日本の江戸文学や講談との関係を考えるきっかけにもなる。
ちなみに編者の竹田晃氏は夏の甲子園大会に出場し、土を持ち帰るという風習を始めた一人らしい。
※ コメントは表示されないようになっていますが、書いていただければ私の方には届きます。
第365号 『早世の天才画家』 の巻
2025年07月15日
『中国幻想小説傑作集』竹田晃編 白水Uブックス91
1990年11月30日印刷 定価960円(本体932円)
1990年12月20日発行
今年、はからずもこの『故郷』を読み返すことがあったのだが、この作品は小説というジャンルなのだろうか、と私は思った。「私」が故郷に帰るところから始まり、子どもの頃の記憶や故郷を離れる感慨を綴り子ども達の未来を思う。随筆とも言えそうだ。小説というものを説明するのは簡単ではなさそうだ。
本棚から『中国幻想小説傑作集』を引っ張り出して数日電車にゆられながら読み終わった。唐代の沈既済『枕の中の人生』から始まり、唐から明、
清の時代に沿って、作者不明の『板橋の三娘子』、李復言『杜子春の物語』、瞿佑の『鳳凰の金かんざし』と『牡丹灯籠』、馮夢竜『白蛇の物語』、蒲松齢『聊斎志異』より15篇がとられている。これらは日本の古典では説話とか物語という呼び方をするのではないか。その後にエロシェンコの『時のお爺さん』が入っているのが興味深い。 第365号 『早世の天才画家』 の巻 の中村彝の章の扉にエロシェンコ像があったのを思い出す。日本の盲学校にいたころに多くの文化人と交流があり、その後中国で魯迅とも交流があった。
そして魯迅の『復讐の剣』、巴金の『もの言う木』が続き、最後は莫言の『秋の水』だ。莫言がノーベル文学賞を受賞するのは2012年。この小説集は1990年の発行なので20年以上前のことになる。
書き出しにもどるが、中国の小説って?と思ったときに手に取ってみてもいいだろう。個々の作者の他の作品に手を伸ばしたり、日本の江戸文学や講談との関係を考えるきっかけにもなる。
ちなみに編者の竹田晃氏は夏の甲子園大会に出場し、土を持ち帰るという風習を始めた一人らしい。
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第365号 『早世の天才画家』 の巻
2025年07月15日
『中国幻想小説傑作集』竹田晃編 白水Uブックス91
1990年11月30日印刷 定価960円(本体932円)
1990年12月20日発行

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