最近、中国人の高校生と中学生と話していたら、東野圭吾が好きだという。連続して耳にするということは相当読まれているにちがいないと思った。
数々の作品が映画化されている流行作家とは思っていたが、中国人が名をあげるとは思わなかった。自分が日本人だから日本の作家を出したのだろうか。逆に日本人が中国人から好きな作家を聞かれても気を利かせて中国人の作家の名をあげることはほぼないように思うのでやはり実際多く読まれているのだろう。
「日本作家の年収を長者番付で見る【高額納税者】」というサイトがあって、2002年度を見ると東野圭吾は9位に入っている。納税額は4149万円だという。ちなみに1位は西村京太郎で1億4029万円、2位が 宮部みゆきの1億3719万円となっている。今はもっと上位にいるだろう。
実は自分は読んだことがない。彼らが挙げたのは『白夜行』であったが、家人が持っているものにはなかったので『探偵ガリレオ』を読んでみることにした。
テレビドラマ化された『ガリレオ』の原作で
ある。ドラマの方は再放送もされているので何作か見た記憶がある。福山雅治と柴咲コウが出ていたものだ。
この拙ブログでも何度か書いたが、本を読んで後で映像化されているものがあると見たくなってしまう。たいていの場合、本の方がよいという結論になる。見なくてもよかったなとぼんやり思うのだ。
この『ガリレオ』はドラマの方がよくできていると思った。正直、ドラマを見ていなかったら、小説をそれほどおもしろく感じたかなと思った。科学的な解き明かしも突っ込みたくなるところがちょっとあった。
福山演じる湯川のキャラクターの設定もわかりやすいし、渡辺いっけいとのかけ合いもおもしろい。事件の様子と湯川の見せる実験もドラマだと同じように見せることができるだろう。
本を読んだ後で映像作品も見ようと思うのは、その作品をいいなと思ったからだ。「いいな」と思った分、ストーリーを変えてしまったりしていると低い評価になるわけで、脚本の出来不出来に寄るところが大きい。逆もしかりで、小説だけでは物足りないが生かせる部分をうまく使いおもしろく作り上げるのは何よりも脚本の力である。もちろん脚本家もプロデューサーの意見・要求など受けながら、色々な制約の中で職人的にまとめることもあるだろう。今頃気づいたが、やはり映像作品を作るのは脚本に負うところが大きい。
もう30年以上も前のことだが、中国吉林省の延吉市というところに行ったことがある。この地域は中国だが朝鮮民族の方が多い街として有名だ。市内の大学である日本人留学生と会った。どうしてこの地を留学先として選んだのかとお聞きしたら、中国でハングルも勉強できるからだと言っていた。その方は映画監督志望だったと記憶している。いろいろお話した中で「映画監督は脚本が書けないとだめだ」というようなことを言っていた気がする。その時は、ふうんと聞いていたが、今になって腑に落ちた気がする。
※ コメントは表示されないようになっていますが、書いていただければ私の方には届きます。
初出誌 燃える 九六年十一月号
単行本 九八年五月 文藝春秋刊
『探偵ガリレオ』東野圭吾著 文春文庫ひ13 2
2002年2月10日 第1刷
2007年4月5日 第27刷 ¥514+税
数々の作品が映画化されている流行作家とは思っていたが、中国人が名をあげるとは思わなかった。自分が日本人だから日本の作家を出したのだろうか。逆に日本人が中国人から好きな作家を聞かれても気を利かせて中国人の作家の名をあげることはほぼないように思うのでやはり実際多く読まれているのだろう。
「日本作家の年収を長者番付で見る【高額納税者】」というサイトがあって、2002年度を見ると東野圭吾は9位に入っている。納税額は4149万円だという。ちなみに1位は西村京太郎で1億4029万円、2位が 宮部みゆきの1億3719万円となっている。今はもっと上位にいるだろう。
実は自分は読んだことがない。彼らが挙げたのは『白夜行』であったが、家人が持っているものにはなかったので『探偵ガリレオ』を読んでみることにした。
テレビドラマ化された『ガリレオ』の原作で
ある。ドラマの方は再放送もされているので何作か見た記憶がある。福山雅治と柴咲コウが出ていたものだ。この拙ブログでも何度か書いたが、本を読んで後で映像化されているものがあると見たくなってしまう。たいていの場合、本の方がよいという結論になる。見なくてもよかったなとぼんやり思うのだ。
この『ガリレオ』はドラマの方がよくできていると思った。正直、ドラマを見ていなかったら、小説をそれほどおもしろく感じたかなと思った。科学的な解き明かしも突っ込みたくなるところがちょっとあった。
福山演じる湯川のキャラクターの設定もわかりやすいし、渡辺いっけいとのかけ合いもおもしろい。事件の様子と湯川の見せる実験もドラマだと同じように見せることができるだろう。
本を読んだ後で映像作品も見ようと思うのは、その作品をいいなと思ったからだ。「いいな」と思った分、ストーリーを変えてしまったりしていると低い評価になるわけで、脚本の出来不出来に寄るところが大きい。逆もしかりで、小説だけでは物足りないが生かせる部分をうまく使いおもしろく作り上げるのは何よりも脚本の力である。もちろん脚本家もプロデューサーの意見・要求など受けながら、色々な制約の中で職人的にまとめることもあるだろう。今頃気づいたが、やはり映像作品を作るのは脚本に負うところが大きい。
もう30年以上も前のことだが、中国吉林省の延吉市というところに行ったことがある。この地域は中国だが朝鮮民族の方が多い街として有名だ。市内の大学である日本人留学生と会った。どうしてこの地を留学先として選んだのかとお聞きしたら、中国でハングルも勉強できるからだと言っていた。その方は映画監督志望だったと記憶している。いろいろお話した中で「映画監督は脚本が書けないとだめだ」というようなことを言っていた気がする。その時は、ふうんと聞いていたが、今になって腑に落ちた気がする。
※ コメントは表示されないようになっていますが、書いていただければ私の方には届きます。
初出誌 燃える 九六年十一月号
単行本 九八年五月 文藝春秋刊
『探偵ガリレオ』東野圭吾著 文春文庫ひ13 2
2002年2月10日 第1刷
2007年4月5日 第27刷 ¥514+税

コメント