気がつくともう5月。ゴールデンウィークに入っている。去年の今頃は奈良に行っていたことを思いだした。最近色々なことがあり拙ブログの更新もなかなかできずにいた。忙しい中読んでくださっている方には申し訳ない。
ひと月ほど前に遡る。4月8日のことだ。
職場で一緒に働いていた中国の友人に誘われてモンゴル料理のお店に行った。西川口駅から歩いてすぐ、内モンゴルレストラン(内蒙古饭店)だ。ご主人と日本人の同僚、そして私の四人がテーブルを囲んだ。何が食べたいかと聞かれた。せっかくなので、「まさにこれぞモンゴル料理」というものを食べたいと答えた。こういう時はお任せするに限る。
まず最初に出てきたのが粟をヨーグルトで和えたもの(?)。やや深みのある小鉢に入っている。匙ですくって食べると歯ごたえがあるがちょっと香ばしい味わいだ。これはモンゴル料理としてでなくても食に意識が高い人が食事に取り入れても良さそうである。
続いて羊の骨付きの肉がやってきた。“老板”(店の主人)がナイフで切り分け
てくれた。この切れ味が良さそうなナイフは最初から料理と一緒に出てきて客が切り分けてもいいらしく、最初は友人が切ってくれた。だが、この太い骨や関節から肉をそぎ落とすのは少なくとも私だったら店の人にまかせたい。
羊の肉をむしゃむしゃと頬張りながら生ビールを飲む。これは最高だ。
中国の友人は内モンゴルのご出身で“满族”。日本語で言うと満州族である。日本ではわかっている人は意外と多くはなく中国の人は中国人、と単純に思っているが56もの民族の人がいる。その日の会話の中で“满蒙一家”という言葉が出てきた。もちろん現在の現地での実際の生活については言うまでもないが、満州族と蒙古族はひとつの家族だという言葉だ。清朝の成立時期や新中国成立前後の二つの民族の動きについて調べてみると興味深いかもしれない。
店に入って席に着いたときに見せてもらったメニューの表紙には大きく“羊头”(羊の頭)が写真入りで載っていた。老板に今日は“羊头”を注文できるか尋ねてくれていた。老板は、頭丸ごと焼くので時間は掛かると言っていたが、早くも登場だ。
これも老板に切り分け
てもらう。羊の肉はジンギスカンかカレーで食べることが多く、脂肪はあまり多くないイメージだ。頬や顔の肉は脂身があって味わいがある。牛や豚の頭を丸焼きにしたのは味わったことがないが。もちろんこの“羊头”、脳も食べることができる。
羊の肉の“饼”もおいしい。これとビールだけでも至福である。テーブルには料理がまだ残っている。おいしくてもっと食べたいという気持ちはあるのだが、お腹がいっぱいだ。
店の中には小さなステージがあり、馬頭琴が立てかけてあった。「あっ、馬頭琴だ」などと話していると老板が「聞くか?」と言う。えっ、聞かせてくれるの、と思っているとスタッフがやってきてスマホを取り出してちゃっちゃとチューニングするとカラオケで伴奏を流しながら演奏し始めた。羊の頭から馬頭琴まで堪能してしまった。
外に出ると4月としては暑いくらいの陽射しだ。駅に向かう道は、当たり前だが日
本の街の中である。けれど、わずか数百メートル後ろのビルのドアの向こうはモンゴルだった。店の中には日本人は二人しかいなかったのだ。
メニューにはまだまだ未知の魅力的なものがたくさんあった。今回は羊の頭に少々引いてしまった人もいるかもしれないが、羊肉の馅饼だけでも食べてみて欲しい。
ああ、食べたくなってきた。
ひと月ほど前に遡る。4月8日のことだ。
職場で一緒に働いていた中国の友人に誘われてモンゴル料理のお店に行った。西川口駅から歩いてすぐ、内モンゴルレストラン(内蒙古饭店)だ。ご主人と日本人の同僚、そして私の四人がテーブルを囲んだ。何が食べたいかと聞かれた。せっかくなので、「まさにこれぞモンゴル料理」というものを食べたいと答えた。こういう時はお任せするに限る。

まず最初に出てきたのが粟をヨーグルトで和えたもの(?)。やや深みのある小鉢に入っている。匙ですくって食べると歯ごたえがあるがちょっと香ばしい味わいだ。これはモンゴル料理としてでなくても食に意識が高い人が食事に取り入れても良さそうである。
続いて羊の骨付きの肉がやってきた。“老板”(店の主人)がナイフで切り分け
てくれた。この切れ味が良さそうなナイフは最初から料理と一緒に出てきて客が切り分けてもいいらしく、最初は友人が切ってくれた。だが、この太い骨や関節から肉をそぎ落とすのは少なくとも私だったら店の人にまかせたい。羊の肉をむしゃむしゃと頬張りながら生ビールを飲む。これは最高だ。
中国の友人は内モンゴルのご出身で“满族”。日本語で言うと満州族である。日本ではわかっている人は意外と多くはなく中国の人は中国人、と単純に思っているが56もの民族の人がいる。その日の会話の中で“满蒙一家”という言葉が出てきた。もちろん現在の現地での実際の生活については言うまでもないが、満州族と蒙古族はひとつの家族だという言葉だ。清朝の成立時期や新中国成立前後の二つの民族の動きについて調べてみると興味深いかもしれない。
店に入って席に着いたときに見せてもらったメニューの表紙には大きく“羊头”(羊の頭)が写真入りで載っていた。老板に今日は“羊头”を注文できるか尋ねてくれていた。老板は、頭丸ごと焼くので時間は掛かると言っていたが、早くも登場だ。
これも老板に切り分け
てもらう。羊の肉はジンギスカンかカレーで食べることが多く、脂肪はあまり多くないイメージだ。頬や顔の肉は脂身があって味わいがある。牛や豚の頭を丸焼きにしたのは味わったことがないが。もちろんこの“羊头”、脳も食べることができる。 羊の肉の“饼”もおいしい。これとビールだけでも至福である。テーブルには料理がまだ残っている。おいしくてもっと食べたいという気持ちはあるのだが、お腹がいっぱいだ。
店の中には小さなステージがあり、馬頭琴が立てかけてあった。「あっ、馬頭琴だ」などと話していると老板が「聞くか?」と言う。えっ、聞かせてくれるの、と思っているとスタッフがやってきてスマホを取り出してちゃっちゃとチューニングするとカラオケで伴奏を流しながら演奏し始めた。羊の頭から馬頭琴まで堪能してしまった。
外に出ると4月としては暑いくらいの陽射しだ。駅に向かう道は、当たり前だが日
本の街の中である。けれど、わずか数百メートル後ろのビルのドアの向こうはモンゴルだった。店の中には日本人は二人しかいなかったのだ。メニューにはまだまだ未知の魅力的なものがたくさんあった。今回は羊の頭に少々引いてしまった人もいるかもしれないが、羊肉の馅饼だけでも食べてみて欲しい。
ああ、食べたくなってきた。
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