かなり前に古本屋で買った文庫本『山男たちの死に方』山際淳司著を読了。裏表紙に「定価=360円」とある。消費税がなかった1984年の出版だが買ったのはいつだったろう。最近若い人と話していて植村直己を知らなかったのでふとこの本を2025.03.01『山男たちの死に方』思い出して読み始めたのだが、植村直己については前書きについて書かれているのみで、本編には山で死んだ男たちを次々に語っている。
 前半では加藤保男、森田勝と対比として、生きて活動している長谷川恒男についても語っているが、長谷川もこの本の書かれた後、1991年に山で死んでいる。43歳の時だ。
 ヨーロッパの登山家たちも紹介されていて登山に興味がなくてもある程度面白いかもしれない。雪のない時に、雨さえ降ったら出かけない、低山しか歩かないハイカーには想像できない厳しい極限の世界が描かれている。山際淳司と言えばスポーツノンフィクションのひとつのスタイルを作ったと言えるが、この本では死んだ人が対象ではインビューはできないので「らしさ」は出ていないようだ。逆にちょっとくどいような熱さすら感じる。調べるとこの本は現在改題されて『みんな山が大好きだった』という、内容から離れたタイトルになって中公文庫から出ている。 
 この本の後半に加藤文太郎が紹介されていて、以前気になっていた新田次郎の『孤高の人』が読みた2025.03.31『孤高の人』くなった。単独行の登山家を、というより大正から昭和にかけての時代を一心に31歳まで生き抜いた一人の男を描いたという印象だ。
 学ぶことも働くことも窮屈で、閉塞感のただよう時代を不器用に生きる文太郎。単独に拘ったというよりも単独でしか行動できなかったと言うべきか。
 今と違って登山口に行く鉄道もバスもなく、山小屋に行くのもたいへんだったろう。防寒具や器材、衣類なども現在から見たらと「使えないもの」に見えるに違いない。まさに生身の人間としての生きる力が問われている。もしかしたら山に死んだものたちはその「生身の人間の生」を感じたかったのかもしれない。それをもっとも感じられるのは単独行なのかもしれない。
 当たり前だが小説は小説なので創作が入っていて、宮村健とパーティーを組んで登ることになりビバークするに至る顛末は事実と異なるようだ。だが、よくない結果になるときというのは「いけない。こう進むべきではない。」とわかっていても、どうしてもいやな方に流れてしまうものである。そんな感じが小説にはよく出ていると思った。
 加藤文太郎の故郷である兵庫県新温泉町の教育委員会が発行した「マンガふるさとの偉人 孤高の登山家 加藤文太郎」は無料で読める。合わせて加藤文太郎の理解の助けになる。
 日本海に面した彼のふるさと浜坂に行ってみたくなった。

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遭難ドキュメント 山男たちの死に方 雪煙の彼方に何があるか』山際淳司著 ワニ文庫 A-22
    一九八四年四月十五日 初版発行  380円

孤高の人(上)(新潮文庫)
新田次郎
新潮社
2013-05-10


『孤高の人』(上) 新田次郎著  新潮文庫  に-2-3
 昭和四十八年二月二十七日 発行
 平成二十一年八月三十日  七十一刷改版
 平成三十一年四月 十日  八十六刷     790円+税


『孤高の人』(下) 新田次郎著  新潮文庫  に-2-4
 昭和四十八年二月二十七日 発行
 平成二十一年八月三十日  六十九刷改版
 平成三十一年三月二十五日 八十三刷     750円+税

この作品は昭和四十四年六月新潮社より刊行された。
(「山と渓谷」に連載された。文庫本の解説より)