観応の擾乱は知っていても、永享の乱(1438年)や享徳の乱(1455年)となると、聞いたことがない。
 享徳の乱は、鎌倉公方足利成氏が関東管領上杉憲忠を謀殺したことで,幕府から追討を受け,鎌倉を逃れ下総古河に御座を構え、下総,下野,常陸vs武蔵,相模,上野という争いになる28年に及ぶ乱である。
「現代の歴史研究において、享徳の乱は、関東地方における戦国時代の始まりと位置付けられている。」そうだが、日本史で勉強した記憶がない。急にこの年を境に「戦国時代」となるわけではなく、色々なことがあって歴史が流れいるのだろうから、まだまだ知らないことばかりだ。  
 なぜこんなことを書いたかというと古河公方公園に先週末出かけたからだ。足利成氏が古河に拠点を移して以後その後継者も古河公方と呼ばれIMG_4147ることになる。その関係の史跡があるのでその名を冠しているのだろう。今は桃の花が盛りで関東のニュースに取り上げられている。朝の9時前に着いたが近くの道路は思ったほど混んでいなかった。が、駐車場はかなり埋まっている。つくばナンバー、宇都宮ナンバー、練馬ナンバー、といろんな地域から人が集まっているようだ。
 途中で朝食を食べるつもりだったが、なかなかお店が見当たらず着いてしまった。途中に山田うどんがあったが、開いていなかった。あとで調べると11時の開店だった。自分はここ十年以上朝定食を食べるときにしか山田うどんに行かないのでこの営業形態の山田うどんに驚きである。考えてみると朝食で似たような思いをしたのは茨城だった( 第202号 国道51号の旅 の巻 )。ひょっとしたら朝食を外で取るという習慣が茨城にはないのかもしれない。ケンミンSHOWで取りあけないだろうか。
 さて、公園内は桃の花が満開である。人も多い。ペットを連れている人も多い。ペットと桃の花をうまく取ろうとしている人も多数見かけた2024.03.24古河桃まつり1。ペットをいかに映えさせるかというチャンスなのだと合点する。アップで撮るのもいいが遠景で見る方が満開の感じがする。
 桃と言えば、陶淵明の桃花源記だ。
忽逢桃花林。夾岸数百歩、中無雜樹。芳草鮮美、落英繽紛。
 
桃の花びらがひらひらと乱れ散っているという場面が、「桃の花だらけ」という幻想的な場面である
わけだが、ちょっとそういうイメージではなかった。公園の桃はみなハナモモだが、桃花源記の桃は実のなる桃の木だったのだろうか。自分はなんとなくそんな気がしている。
 公園は広く、あちこち歩いて回るのはいい運動である。市民にとって良い憩いの場だろう。1時間ほどだろうか、公園内を歩いて道の駅に向かうことにした。
 駐車場から通りに出てびっくり。この公園に向かう自動車で北からも南からも長い列ができていた。桃まつりは明日で終わりのようだが、朝早く行くのがおすすめだ。
 夢のような話をしてもしかたがないが、人がいない場所で、桃の木だらけの「落英繽紛たり」を経験してみたい。


  第202号 国道51号の旅 の巻 
  2023年07月01日