春分も過ぎた。桜もとっくに咲いてしまった。昨年も桜の画像を載せたが、第48号 花曇り 花冷え の巻は4月2日にアップしている。画像は3月29.31日、4月1日のものだ。このところ雨が続いて、晴れた頃にはすぐに散ってしまいそうだ。やはり今年は桜の開花は早すぎる。
先週の木曜、金曜あたりは小学校の卒業式が多かっただろう。ようやくコロナウイルス関連の制限もなくなり、いわゆる「呼びかけ」を久しぶりに行ったところも多かったにちがいない。幼い頃の記憶は妙に残っていて「桜のつぼみも膨らみました!」、「今日、三月二十四日!」、「卒業式!」などと練習した台詞が出て来る。二十四日はまだつぼみだったのだ。
この画像は23日の15時ころのもの。小雨である。いわゆる菜種梅雨なので仕方がないが、今年は特に前線がとてもながくて地球の円周の四分の一、一万㎞くらいあるという。満開とまでは行かないが、晴れた日を待っていると散ってしまいそうなので、あの通りの桜はどんな感じかな?と想像している人のために載せておきます。道路の先は、ぼんやりとしているけれどアーチのように見えて、路面が濡れているせいか全体的にしっとりしていて、これはこれでいい感じである。
来週の日曜はもう4月2日である。もう散ってしまっているだろう。桜が入学式の風物詩というのは、少なくとも関東地方ではもう望めないことのようだ。
しかし、今ふと考えてみると、入学式に桜、というのは古い固定観念かもしれない。桜を題材にした歌謡曲やポップスは、別れのものが多いのではないか。ということは、卒業式に桜、というのは今一般的なイメージなのであって、入学式のころに桜、というイメージを持つ人とどこかで線引きされる年代というのがある気がしてきた。どこかのバラエティで取り上げているかもしれない。
職場の5階から眺めると、小雨の中遠くがかすんで見えて、桜が他の樹木や他の花と重なって淡くおぼろに見える。日本画の題材になりそうだ(これも23日午前)。「はながすみ(花霞)」とは、満開の桜の花が、遠目には霞がかかったように白く見えること」だが、花霞ということばが頭に浮んでしまった。
昨年の本ブログのタイトルは、花曇り、花冷え、であった。この時期にいい天気が続くことの方が少ないのだろう。
先週の木曜、金曜あたりは小学校の卒業式が多かっただろう。ようやくコロナウイルス関連の制限もなくなり、いわゆる「呼びかけ」を久しぶりに行ったところも多かったにちがいない。幼い頃の記憶は妙に残っていて「桜のつぼみも膨らみました!」、「今日、三月二十四日!」、「卒業式!」などと練習した台詞が出て来る。二十四日はまだつぼみだったのだ。この画像は23日の15時ころのもの。小雨である。いわゆる菜種梅雨なので仕方がないが、今年は特に前線がとてもながくて地球の円周の四分の一、一万㎞くらいあるという。満開とまでは行かないが、晴れた日を待っていると散ってしまいそうなので、あの通りの桜はどんな感じかな?と想像している人のために載せておきます。道路の先は、ぼんやりとしているけれどアーチのように見えて、路面が濡れているせいか全体的にしっとりしていて、これはこれでいい感じである。
来週の日曜はもう4月2日である。もう散ってしまっているだろう。桜が入学式の風物詩というのは、少なくとも関東地方ではもう望めないことのようだ。
しかし、今ふと考えてみると、入学式に桜、というのは古い固定観念かもしれない。桜を題材にした歌謡曲やポップスは、別れのものが多いのではないか。ということは、卒業式に桜、というのは今一般的なイメージなのであって、入学式のころに桜、というイメージを持つ人とどこかで線引きされる年代というのがある気がしてきた。どこかのバラエティで取り上げているかもしれない。
職場の5階から眺めると、小雨の中遠くがかすんで見えて、桜が他の樹木や他の花と重なって淡くおぼろに見える。日本画の題材になりそうだ(これも23日午前)。「はながすみ(花霞)」とは、満開の桜の花が、遠目には霞がかかったように白く見えること」だが、花霞ということばが頭に浮んでしまった。昨年の本ブログのタイトルは、花曇り、花冷え、であった。この時期にいい天気が続くことの方が少ないのだろう。
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