今年の3月は三寒四温というより五寒四温という感じだった。それじゃあ春が来ないじゃんか。そう思うくらい暖かい日が少なかったように思う。その後どーんと暖かい日が来て雨が降ったりと差が激しい。この雨も台風第1号の影響によるものらしいが、4月から台風の影響を実感するなんて今まであっただろうか。
 人の話題に上った桜もすっかり姿を消した。
   世の中にたえて桜のなかりせば
      春の心はのどけからまし 無題2022.04.17
 とはよくぞ詠んだものだ、業平さん。毎日のように見かける通りの桜の木もこんな様子。桜の木の若葉と空の色がまぶしい。
 三週間くらい前のここの様子はこんな感じだった。
 さて、数日前にジャック・ヒギンズ氏が亡くなったことに触れたが、その記事の上にあったのは見田宗介氏が亡くなった記事だった。
14日(木)の朝日新聞朝刊には大澤真幸氏の寄稿が載っていた。

 個人の切実さ、そのまま社会学の問い 見田宗介さんを悼む 社会学者・大澤真幸

 見田宗介先生の逝去の報にふれ、あまりの驚きと悲しみでなかなか言葉が出てこない。私が先生と出会ったのは、大学に入って間もない18歳の春であった。少人数のセミナー形式の授業での先生の講義に、私は衝撃を受けた。
 私はそのとき、心底から納得した。生きることと学問することとはひとつになりうる、と。

 「生きることと学問することとはひとつになりうる」こんなふうに18歳の時に「心底から納得した」というのは、なんて幸せなことだろう。このあとにこう続く。「生きていれば、誰もが様々な悩みや苦しみにぶつかる。そうした問題と『勉強』とは別のこと、と思っていた。しかし十分に深く明晰な学問的認識を通じて、人生の困難と対決し、それを乗り越えることができる。先生の比較社会学の講義を聴きながら、私は興奮した。私は今でも、あのときの感動の中で仕事をしている。」大澤氏は1958年生まれだ。教えた学生がその年になってこういった言葉が口を出る。何という師としての存在感だろう。
 この寄稿の中では、見田氏が真木悠介名義で書いた『時間の比較社会学』や『自我の起原』、若き日の著作、『まなざしの地獄』について触れ見田氏の仕事を紹介している。読んでみたい。