今日の“c”はcello。
楽器は毎日練習するべきとは思うが、なかなかそうもいかない。それでもできるだけ楽器に触れたいと思う。基本の音階練習の後、ほぼ決まってカザルスの『鳥の歌』を弾く。右手で持っている弓でしっかり楽器を鳴らせているかを観るためそうしている。左手で音程を正確に取ることも大事だが、音をしっかり鳴らせてることが土台なわけで、音階練習も右手のためかもしれない。こんな理由なので他の曲でもいいのだが、ここのところ、音階→『鳥の歌』→弾きたいもの→オケのおさらいという感じである。オケのおさらいが一番後ということは時間のないときはやらないわけで、こんなこと話したらオケのみんなには怒られるかもしれない(ごめんなさい)。
昔はYouTubeなんていうものはなく、どんな曲だろう、と思うとディスクを買ってみるというのが普通だった。なので、『鳥の歌』も聞く前に本を読むことで知ったのだったと思う。
筆者は、というかカザルスの言葉やエピソードを集めたものなので、編者は、ジュリアン・ロイド ウェッバーで、彼もチェリスト。いくつかのエピソードは微笑ましく、いくつかの逸話や言葉は胸を熱くさせる。
で、買ったのがこのディスク。
「祖国スペインのフランシスコ・フランコ独裁政権を承認する国では絶対に演奏会を開かない、というのが老巨匠の信条であった。」「フランコ政権の承認国であるアメリカ合衆国の公邸で、たとえそれが非公開のものであったにもせよ、カザルスが演奏するというのは画期的な行事であった。」(ライナーノートより)とあるようにこの録音は、貴重な現場の記録という意味もある。
「カザルスは受諾を知らせた手紙に、次のように書きしるしたのであった。―――。
『人間性が、今日ほど重大な状況に直面したことは、いまだかつてありません。いまや世界の平和ということが、全人類の祈祷ともなっています。…………」60年以上も前の言葉が現在の私たちにも強く、重く突きつけられているようだ。
今日、ディスクを聞いたが、演奏にはカザルスのうめき(ハミング?)も聞こえてきて臨場感がある。
何気なく自分の練習のために弾いていた曲だったが、本当に大きな意味を持つ曲だと思う。
悲惨で残酷な報道が一ヶ月半も続いている今、歯がゆく、無力感すら感じるが、せめて意味を感じながら弾こうと思う。
(書籍等の画像の著作権などについては、紙媒体で作っていたときは限定的であり配布する場のこともあり、あまり気にしなくてすんだ。それについてはネット上だと悩むことも多い。リンクを貼るという方法なら大丈夫と思いやってみました。)
楽器は毎日練習するべきとは思うが、なかなかそうもいかない。それでもできるだけ楽器に触れたいと思う。基本の音階練習の後、ほぼ決まってカザルスの『鳥の歌』を弾く。右手で持っている弓でしっかり楽器を鳴らせているかを観るためそうしている。
昔はYouTubeなんていうものはなく、どんな曲だろう、と思うとディスクを買ってみるというのが普通だった。なので、『鳥の歌』も聞く前に本を読むことで知ったのだったと思う。
筆者は、というかカザルスの言葉やエピソードを集めたものなので、編者は、ジュリアン・ロイド ウェッバーで、彼もチェリスト。いくつかのエピソードは微笑ましく、いくつかの逸話や言葉は胸を熱くさせる。
で、買ったのがこのディスク。
「祖国スペインのフランシスコ・フランコ独裁政権を承認する国では絶対に演奏会を開かない、というのが老巨匠の信条であった。」「フランコ政権の承認国であるアメリカ合衆国の公邸で、たとえそれが非公開のものであったにもせよ、カザルスが演奏するというのは画期的な行事であった。」(ライナーノートより)とあるようにこの録音は、貴重な現場の記録という意味もある。
「カザルスは受諾を知らせた手紙に、次のように書きしるしたのであった。―――。
『人間性が、今日ほど重大な状況に直面したことは、いまだかつてありません。いまや世界の平和ということが、全人類の祈祷ともなっています。…………」60年以上も前の言葉が現在の私たちにも強く、重く突きつけられているようだ。
今日、ディスクを聞いたが、演奏にはカザルスのうめき(ハミング?)も聞こえてきて臨場感がある。
何気なく自分の練習のために弾いていた曲だったが、本当に大きな意味を持つ曲だと思う。
悲惨で残酷な報道が一ヶ月半も続いている今、歯がゆく、無力感すら感じるが、せめて意味を感じながら弾こうと思う。
(書籍等の画像の著作権などについては、紙媒体で作っていたときは限定的であり配布する場のこともあり、あまり気にしなくてすんだ。それについてはネット上だと悩むことも多い。リンクを貼るという方法なら大丈夫と思いやってみました。)


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